子供の習い事「継続は力なり!」幼少期が重要な理由

 今の子育てにおいて、習い事は必須項目のようになっています。我が家も例にもれず、スイミング、ピアノ、塾など出費はなかなかの金額になっています。習い事を始めるきっかけは様々でしょうが、特に小さい頃は親の勧めで始めることが多いと思います。
 我が子は、とあるスポーツをおじいちゃんの勧めで始めたのですが、小学校高学年になったころ「自分がしたくて始めたのではない!」と、辞めたいモード全開になった時期がありました。私はそれもそうかなと思い、辞めてもいいよと伝えました。ただ、「続けることは素晴らしいことだよ」とも伝えました。
 結果、どうしたかというと、小学校卒業まで続けたのです。続けたくないことを無理してする必要は、特に子供の頃はないかもしれません。我が子も、続けたからといって、県大会を勝ち抜いたり、全国大会に行くようなこともありませんでした。むしろ、最後の方は負けてばかりでした。それでも、最後の試合が終わって帰る時に、とてもスッキリとした、清々しい表情をしていました。そして「続けて良かった!」と言ったのです。
 ここで感動して涙した…というなら良い話なのですが、私はむしろ、我が子はかけがえのないものを得ることができた!と嬉しくなりました。
 それは、「頑張った!」という証(あかし)です。結果としては伴わなかったとしても、頑張り切った後は、心の中に「頑張った!」という自信が残るのです。継続は力なりです。あの時、辞めていたらこの証(あかし)は手に入れることができなかったでしょう。
 スイミング、ピアノ、野球、サッカー…たくさんの習い事、もちろん上手くなって活躍したり、表彰されることは嬉しいことです。それを目標に頑張ることもできるでしょう。親によっては子供が上達するために練習を無理強いしたり、厳しく接することもあるでしょう。とあるプロゴルファーの父親は、子供がプロゴルファーになると宣言した時から、仕事は窓際族になり、子供の上達のために厳しく鍛え、全てを捧げてきたと言っていました。実際、今のスポーツなどプロで活躍している人たちは、幼少期から親が過干渉なぐらい関わっていることがほとんどです。幼少期から取り組むことは、その分野で成功するためには、とても大切だと思います
 我が子と私は、そういう風にはしませんでした(できなかったと言うべきか…)。でも、頑張って続けたその日々は、何一つ無駄になってはいません。我が子を誇らしく思います!

不登校の子供は、学校に行けないの?行かない?見極めが重要

 実は我が子、3人のうち2人が小学生で不登校(登校拒否)を経験しています。現在、全国の小中学生では70人に1人、中学生に限ればクラスに1人は不登校の生徒がいます。現代において、不登校の生徒はそれほど珍しい存在ではないのかもしれません。
 しかし、これが我が子となると話は別です。我が子の不登校1人目は小学3年生のころ。夏休みが終わり、2学期が始まった次の日から急に学校に「行けなく」なりました。
 朝、布団から出ず、出てきても準備をせずにぼーっとしていました。時間をかけてようやく準備をするのですが、いざ行くとなると、泣いて拒否をしました。理由を聞いても、とにかく学校に行きたくないの一点張り。共働きで仕事にも行かなくてはいけません。初日はとにかく引っ張って学校に行き、先生にお願いしました。それからは、毎日その繰り返し。今思えば、どこかで休ませた方が良かったのでしょう。しかし、私たちは連れていくことを選びました。その後、我が子は泣くことは減りましたが、3学期が終わるまでは学校に送って行き、先生に預ける毎日でした。4年生になると、ある日を境に歩いていくようになり、今では楽しんで学校に行っています。
 しかし、未だに登校拒否の原因が分かりません。本人もよく分からないようで、とにかく行きたくなかった、と言っています。家から離れたくなかった(小学校低学年によくある原因です)というのが強かったのかなぁと、一応結論付けています。
 さて、我が子の不登校2人目は小学6年生のころ。実は今回はしっかりとした理由があり、学校に「行かない」とはっきり言いました。
 原因はちょっとしたいじめでした。内容は割愛しますが、陰湿なやり方でした。ただ、友達同士、意思の疎通が上手くいかず、誤解が誤解を生んだ…というもので、最終的には和解をしたのですが…。登校拒否というより、その友達と同じ空間にいたくない、ということだったので、話し合って別室登校をしました。学校もよく対応してくださり、少しずつできる範囲で教室に入っていき、半年ほどで克服することができました。友達とは以前よりドライな関係を保つようになり、ある程度の距離を置くことができたことも、克服することができた一因でした。今回も、通学は親が送り、別室まで一緒に行きました。
 2人の不登校、どちらも親は一緒に悩み、一緒に解決しようと考えることぐらいしかできませんでしたが、2人とも通学など、側にいてくれたことが心強かったと言っています。
 「行けない」「行かない」不登校。どちらにしても親子共々辛いものです。親子だけではなく、学校やスクールカウンセラーなど様々な協力を得ることが大切です。そして、私たちはしませんでしたが「休む」という勇気を持つことも、きっと大切です。

 実は我が子、3人のうち2人が小学生で不登校(登校拒否)を経験しています。現在、全国の小中学生では70人に1人、中学生に限ればクラスに1人は不登校の生徒がいます。現代において、不登校の生徒はそれほど珍しい存在ではないのかもしれません。
 しかし、これが我が子となると話は別です。我が子の不登校1人目は小学3年生のころ。夏休みが終わり、2学期が始まった次の日から急に学校に「行けなく」なりました。
 朝、布団から出ず、出てきても準備をせずにぼーっとしていました。時間をかけてようやく準備をするのですが、いざ行くとなると、泣いて拒否をしました。理由を聞いても、とにかく学校に行きたくないの一点張り。共働きで仕事にも行かなくてはいけません。初日はとにかく引っ張って学校に行き、先生にお願いしました。それからは、毎日その繰り返し。今思えば、どこかで休ませた方が良かったのでしょう。しかし、私たちは連れていくことを選びました。その後、我が子は泣くことは減りましたが、3学期が終わるまでは学校に送って行き、先生に預ける毎日でした。4年生になると、ある日を境に歩いていくようになり、今では楽しんで学校に行っています。
 しかし、未だに登校拒否の原因が分かりません。本人もよく分からないようで、とにかく行きたくなかった、と言っています。家から離れたくなかった(小学校低学年によくある原因です)というのが強かったのかなぁと、一応結論付けています。
 さて、我が子の不登校2人目は小学6年生のころ。実は今回はしっかりとした理由があり、学校に「行かない」とはっきり言いました。
 原因はちょっとしたいじめでした。内容は割愛しますが、陰湿なやり方でした。ただ、友達同士、意思の疎通が上手くいかず、誤解が誤解を生んだ…というもので、最終的には和解をしたのですが…。登校拒否というより、その友達と同じ空間にいたくない、ということだったので、話し合って別室登校をしました。学校もよく対応してくださり、少しずつできる範囲で教室に入っていき、半年ほどで克服することができました。友達とは以前よりドライな関係を保つようになり、ある程度の距離を置くことができたことも、克服することができた一因でした。今回も、通学は親が送り、別室まで一緒に行きました。
 2人の不登校、どちらも親は一緒に悩み、一緒に解決しようと考えることぐらいしかできませんでしたが、2人とも通学など、側にいてくれたことが心強かったと言っています。
 「行けない」「行かない」不登校。どちらにしても親子共々辛いものです。親子だけではなく、学校やスクールカウンセラーなど様々な協力を得ることが大切です。そして、私たちはしませんでしたが「休む」という勇気を持つことも、きっと大切です。

子供と一緒に遊ぶことと外遊び・公園遊びの大切さ

 育児雑誌や育児のサイトを見ると、「楽しめる公園!」「一度は遊びに行きたいテーマパーク!」などの紹介記事が多く見られます。もちろん、親にとっても子供にとっても、公園やテーマパークは楽しめる場所であり、ついつい行きたくなる場所でもあります。
 しかし、以前から感じていることですが、そこでどうやって遊んでいるのかな?ということが、ついつい気になってしまいます。どういうことかというと、以前イクメン対談でこんな記事を見かけました。
 「〇〇公園はいいよね!」
 「一度は行ってみたいよね!」
 「子供を遊ばせるのにはちょうどいいよね!」
 子供を「遊ばせる」とはどういう意味? もちろん、子供は自分で遊ぶこともあるし、それは成長する意味でも、とても大切なことです、でも、よく見かけるのが、公園で子供は遊んでいて、親はスマホを見ているパターンです。これは、本当に多くなりました。子供が小さくても大きくてもよく見られます。つまり、子供が勝手に遊んでくれる公園なり場所が人気なのかな、と思うのです。
 私は、子供が小さい頃はよく一緒に遊びました。家の中ではかくれんぼ、お父さん跳び箱(お父さんの背中が跳び箱です)、パズルにブロック。外でも、鬼ごっこ、電車ごっこ、泥んこ遊び…。数えればきりがありません。もちろん公園でも遊具で遊んで一緒にたくさん楽しみました。
 この「一緒に」ということはとても大切だと思います。親と一緒に遊んだ時間、その思い出は子供の心に一生残っていきます。そして、子供が大人になって自分の子供ができた時、その思い出の通り、同じことをするのです。良い記憶の追体験とでも言うのでしょうか。
 逆に、親と遊んだ体験、記憶の無い人は、スマホは見るけど子供を見ないのでしょう。これはある意味仕方のないことです。だった、子供の頃の良い記憶が無いのですから…。
 ちなみに私は、子供の頃は親が、特に父親がよく一緒に遊んでくれました。家の前ではキャッチボールやバドミントン。公園では草スキー。雨が降っても野球やサッカーをしたりと、たくさんの思い出があります。だから、子供と一緒に遊ぶことは、全然苦ではありませんでした。体力的にキツイと思ったことはありましたが…。
 子育てにおいて、生活面や勉学面、遊びの道具や場所などにこだわることは大切です。しかし、子育ての基本は「一緒に」です。一緒に楽しい時間を共有しながら、お互いが成長していくことが理想です。
 まずは「一緒に」たくさん遊ぶことから始めましょう!